大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

東京高等裁判所 昭和46年(ネ)1045号 判決 1972年11月30日

控訴人

大倉工業株式会社

右代理人

久保文雄

被控訴人

株式会社浜金商店

外三名

右四名代理人

坂井熙一

主文

原判決を取消す。

被控訴人らの請求を棄却する。

訴訟費用は第一、第二審とも被控訴人らの負担とする。

事実《省略》

理由

一、被控訴人らがいずれも千代田商店に対し食品包装容器、同包装用紙、ポリエチレン袋、セロファン袋等を継続して販売し、昭和四五年四月二二日頃の現在において被控訴人株式会社浜金商店は金八六万九、四〇〇円、同株式会社山忠は金一四一万七、九八七円、同新潟和田化学工業株式会社は金四一〇万二、六〇四円、同大東セロファン株式会社は金一二四万九、六三〇円の各売掛代金債権を有していたが、その後訴外佐藤貞夫から右各債権につき被控訴人新潟和田化学工業株式会社は金一八四万〇、七八〇円の、同大東セロファン株式会社は金四〇万円の各支払を受けたこと及び千代田商店が昭和四五年四月二二日頃に、その取引先である原判決添付譲渡債権一覧表中の「債務者」欄記載の各債務者に対する同表中「譲渡債権欄」記載の債権を控訴人に譲渡し、控訴人が同表中「債務者」欄記載の各債務者から同表中「弁済受領金額」欄記載の各金額合計金五二万九、一六〇円の弁済を受けたことは当事者間に争いがない。

二、千代田商店の控訴人に対する右債権譲渡が無償でなされた旨の被控訴人らの主張については、これを肯認するに足りる証拠はなく、却つて<証拠>総合すれば、控訴人は右債権譲渡がなされた当時、千代田商店に対して金一〇五万二、〇九八円の売掛金債権を有しており、この債権に対する代物弁済として千代田商店から上記の債権譲渡を受けたものであることが認められ、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。

三、よつて進んで右債権譲渡が詐害行為となるかどうかについて按ずるに、一般に債務超過の状態にある債務者が特定の債権者に対し、債務の弁済に代えて第三者に対する自己の債権を譲渡した場合には、譲渡された債権の価額が右債権者に対する債務の額を超過するときに限り、且つ、その超過する額について、当該債権者が利益を得たものとして、その利益の取得行為の取消及び他の一般債権者に対する右利益の返還が問題となり得るのであつて、若し特定の債権者が債務者から譲渡を受けた債権の価額が自己の債権額を超えない場合には、債権者は、債権譲渡を受けることによつて自己の債権も消滅し、従つてなにら利益を得たことにはならないのであるから、この場合には、特定の債権者が自己の債権について弁済を受けたに過ぎない場合と同様に、詐害行為の成立が問題となる余地はないものと解すべきである。

尤も、一部特定の債権者に対する代物弁済によつて(弁済の場合も同じである)、一般債権者相互間の平等弁済が害されることとなる可能性があることは否めないが、もともと詐害行為取消権は、一般債権者のための共同の担保である債務者の一般財産の保全を目的とする制度ではあつても、破産法上の否認の制度のように債権者相互間の平等弁済までをも保障することを目的とするものではないのであつて、一般債権者間の平等弁済が害されるという理由から詐害行為の成立を肯認することは制度の目的を逸脱するものといわなければならない。

蓋し、もしそうではなくして、一部特定の債権者のみが債務の弁済を受け、又は弁済に代えて債務者の第三債務者に対する債権の譲渡を受けた場合においても、一般債権者相互間の平等弁済が害されるとの理由のもとに詐害行為が成立するものとするならば、他の債権者は、右弁済又は代物弁済を取消すことによつて、特定の債権者が債務者から支払を受けた金員又は第三債務者から取立てた金員を直接に自己に支払うべきことを請求することができることとなるわけである。然しながら、他の債権者は、取消権を行使することによつて特定の債権者から回収した金員を一般債権者相互間において各自の債権額に応じて配分すべき義務を負うものではなく、右金員をもつて直ちに自己の債権の満足を得ることができるのであるから、取消権を行使した債権者自身が却つて他の債権者に優先して自己の債権について弁済を受けたのと同一の結果となり、一般債権者相互間の平等が害されることとならざるを得ないのである。従つて詐害行為取消権の制度は、一般債権者相互間における平等弁済の確保又は他の債権者に先立つて自己の債権の満足を得た特定の債権者に対する制裁などを目的とするものではなく、一部特定の債権者が債務者からなにらかの給付を受けた場合には、その給付を受けた価額が自己の債権額を越えるときに限り、且つその越える額について利益を得たものとして、他の債権者はこれが回復を請求し得るに止まるものと解するのが相当であつて、この点に関する限り、法律の規定の仕方は異なるにしても、国税徴収法における第二次納税義務の制度(同法第三九条)とその趣旨を同じくするものといわなければならない。而して、若し、一般債権者相互間における平等弁済を実現しようとするならば、すべからく、破産法上の否認の制度によるべきである。

四、いま、これを本件について見るに、控訴人が千代田商店に対する金一〇五万二、〇九八円の売掛金債権について弁済を受けるのに代えて同商店の第三者に対する合計金一〇七万五〇一二円の売掛金債権の譲渡を受けたことはさきに認定した通りであるが、一般に、金銭債権は、債務者の資力や、取立の難易によつてその価額が定められるべきもので、直ちに券面額相当の価値を有するものとはなし得ないものであるところ、控訴人が現在までに取立てることができた金額が譲受債権の券面額総額の半額に満たない金五二万九、一六〇円に過ぎない事実からみると、反証のない本件においては、譲受債権中には取立不能又は困難なものもあり、その価額は控訴人の千代田商店に対する上記債権額を超過するものとは認めることができないのである。

そうであるとすれば、本件係争の債権譲渡行為が詐害行為となる余地は当初からないのであつて、詐害行為の成立を前提とする本訴請求は、他の争点についての判断を俟つまでもなく、失当たることが明らかであるといわなければならない。

五、よつて右と結論を異にする原判決は不当であるから、民事訴訟法第三八六条の規定によつてこれを取消すこととし、訴訟費用の負担につき同法第九六条、第八九条及び第九三条第一項本文の規定を適用して主文のとおり判決する。

(平賀健太 石田実 安達昌彦)

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例